みなさんごきげんよう。
元々大のビール党ですが最近糖質ゼロ・プリン体ゼロの缶チューハイにハマっているイトーちゃんです。
まあ、アルコールの取りすぎは何れにしても体に悪いので気をつけましょう。
さて、今日はボクの人生の中でかなりの大きなキーワードに設定している健康についてつらつらと思うことを書いてみようかなと思います。
実は体調が悪かった20代から30代前半
ボクは若かりし就職活動をしていた時代の頃、実は大人になるのがすごく怖くて嫌でした。大人になったらもう楽しいことはないというようなイメージを強く持っていました。
そして実際就職してからはそれなりに責任感とかは出てきたのですが主体性というものが全くなく仕方なく苦しい仕事をしていました。親からは苦しいことを我慢してやっていればいずれは自分の身になるからそれまでは忍耐だと教えられていたので色々な辛いことを持ち前の根性で乗り切っていました。
就職してからは仕事だけに真面目に向き合いがむしゃらに頑張り続けてそれなりのスピードで昇進・昇格してきたボクですが、30代半ばにあまりの仕事のハードさと理不尽さに心が耐えきれなくなっていた時期があります。おそらく無理な頑張りにも限界がきていたのだと思います。仕事のストレスをタバコや酒で誤魔化しながら自分のことは省みずただただ義務感のみで働いていた30代前半でした。
意を決して自分の中でポジティブディボーション(前向きな降職)を人事に願い出てからというもの自分の人生や自分の心と体と向き合うことになりました。
それまでには本当に会社に自分の命を預けていたのですが、その時からあくまで自分の命は自分で守るのだということを認識することができました。
タバコを辞め、健康のために走ることを志しました。いつしか走る楽しみに目覚め、仕事のためにほとんど行けてなかった大好きなサーフィンを再開することに自分の意思で決めました。
自分の意思で人生を決め始めると、それまで濁流に飲まれていた人生が突如としてクリアになり自分のオールで船を漕ぎだすことができたように思うのです。
#彦根 からおはようございます
— イトーちゃん (@SOMASOMA0416) 2018年7月3日
体は心の入れもの。心を変えたければ体を変えればいいのです。心、体、頭のバランスは大切だけど1番大切なのは体。体の健康なしに心の健康はありえない。体を鍛えれば心も鍛えられます。だからボクは心の健康のためにも常に体を動かします。#運動は心の澱み溶かすこと
年甲斐もない自分でありたい
そのことに気づくのが遅く、ただただ職場と家の往復を繰り返していた人生から別れを告げたのはすでに30代後半でした。
でも、ボクは自分の表情や体型がいい方向に変わっていく過程を見ながら30代でも40代になってもまだまだ成長できるし、これからの人生を楽しんでいけばいいんだというように前向きに捉えてそれを実践してきました。自分の心の状態や体をシャープにしてくれたランニングをさらに昇華させて、フルマラソンを完走しそこでできた記録を毎年の自分自身を超える目標にしたり、仕事が忙しい時期にもあえて自分のスケジュールの中に自分がやっていて楽しいサーフィンを組み込んだりしました。
SNSについても自分から貪欲に学び、若い世代の人からも色々と学びながら自分のありのままの姿を投稿してきました。
イタリア人は
— Sasha from Italy (@sashatax) 2019年5月21日
たとえ40代50代でも
自分をオジサンとかオバサンとか
絶対思ってない
まだまだ若いっていう
で人生を楽しむ
それに比べて
日本人は30代が自ら進んで
オジサンですとか
オバサンですとか言う
自分で自分を
そうブランディングする
なぜ?
なぜそんなに
年老いた気分になりたいの?
今朝友達の引用で知ったツイートです。本当に若いのに自分のことをオバサン、オジサンと揶揄してツイートする人が多いなと思いますが、ボクは勿体無いと思っています。本人は謙遜のつもりかもしれませんが、ツイートや口にする言葉は確実にそれを脳に影響を与えて実際にその人を老けこませるのだと思います。
過去記事でも書いていますがボクは年甲斐もなくありたいと思っています。年甲斐もなくってネガティブに言われがちですが、ボクは年甲斐のないことを非常にポジティブに捉えています。年齢不相応に青臭く夢を語り、やりたいことをやることはボクはその人の人生を長く輝かせることなのだと思っています。
実年齢が若くても、希望を失えば老人になる。逆に実年齢は大きくなっても心根が若ければいつまでも老人にはならないのだと思います。
ここでボクが好きなサムエル・ウルマンの「青春の詩」を引用したいと思います。
青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、
安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。
歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
(中略)人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。
人は自信と共に若く 失望と共に老ゆる。
希望ある限り若く失望と共に老い朽ちる。大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして
偉力の霊感を受ける限り人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、
皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時にこそ
人は全くに老いて神の憐れみを乞うる他はなくなる。
まさにこの詩の示す通りなのだと思う。若くても心が廃れた時にオヤジになり、年齢的にはオヤジでも希望さえ捨てなければ青年のままであり得るのだと思うんです。
#彦根 からおはようございます
— イトーちゃん (@SOMASOMA0416) 2017年6月30日
30代を楽しみ尽くせば40代も楽しい。40代50代を楽しみ尽くせば60代も楽しい。60代の魅力的な大先輩の言葉。過去でも未来でもなく今をワクワクと楽しく生きる。ボクも年甲斐もない40代という名誉ある言葉を貰いたいものだ。#年輪と魅力重ねた笑いジワ
健康×好きは最強
ボクが年甲斐もなくいられるのはおそらくマラソンとサーフィンという二つの「好き」のおかげなのだと思います。
マラソンは人と争う競技ではなく、自分の記録と争う競技です。つまり、相対的に人と比べてその良し悪しを競うのではなく努力に努力を重ねて過去の自分を超えていくことにその妙味があります。
そしてサーフィンも同じく、他者と競うのではなく偉大な自然に対してリスペクトを払いながら波の動きと一体化して自分のライディングを満足できるものに持っていけるかであり、自らの主体性をどう自然という不可変のものに対して折り合いをつけていくかを葛藤していくものなのだと思っています。
そうした自分自身を高められる「好き」を少しでも上達したいという気持ちが自分自身の「健康」のステージを高めていってくれているように思うのです。
ボクが走ることを継続出来ているのは健康を人生の優先上位に持ってきていることもあるけど走ることがとにかく好きだから。人のことをとやかく言わず人と比較せずイキイキと自分の好きなことをとことん追求すれば何歳になっても気持ちはオヤジ化しないのだとボクは思います。#イトーちゃんの価値観 pic.twitter.com/GE8AYTkXP9
— イトーちゃん (@SOMASOMA0416) 2018年6月17日
健康は心と体のバランス
心の病が社会的問題になっている昨今。ボクはせめて自分が影響できる範囲の人には伝えたいことがあります。
それはもしも心がザワザワしてどうにも息苦しくなった時には少し体を動かしてみようってことです。ボクも30代前半までは体を動かすことを全くしていませんでした。毎日をルーチンとして会社と家の往復で過ごしていました。そして休日に子供と触れ合うことで束の間の心の安らぎを得ていたように思います。
でも、結局自分自身の心は自分でメンテナンスするしかないのだとボクは思っています。そして一番効果的な方法は体を動かすことだと思っています。これはボクが実感していてその効用にはもちろん科学的なエビデンスもあります。
サーフィン、マラソンと自分の「好き」を追求してきましたが今ボクがハマっているのがストレッチです。ボクはとにかく体が硬いんです。
とりあえずボクはこの背中の筋肉の硬さをストレッチを継続することで両手で握手できるところまで持っていきたいと思っています。これもあえてTwitterで辱めを晒してなにクソ魂で達成しにいこうと思っています。
そういう自分の体や心に対して、自意識を捨てない限りは老け込むことなんてないのかなあなんて思っています。
#彦根 からおはようございます
— イトーちゃん (@SOMASOMA0416) 2019年5月24日
健康の語源は易経にある「健体康心」なのだそうです。そして英語の「health」には全体という語源があるそうです。つまり心と体トータルのバランスを整えることです。ボクが思うのは体を動かせば心はおのずと整ってくるということです。#運動をすれば沈んだ気持ち浮く
今日お伝えしたいことは以上です。